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2010年11月10日水曜日

竿忠さんにインタビューしてきた。

正直勝手に載せちゃっていいものか・・・

とか思っているが、備忘録的な感じでインタビューの内容をまとめようと思う。




◎中根喜三郎さんプロフィール

昭和六年 竿忠三代目・中根音吉氏の三男として生まれる。
東京大空襲の際東京に残っていた一家七人のうちただ一人生き残り、その後は疎開していた妹の香葉子(現・林家三平の母、故・林家三平の妻)と親戚の家で暮らし始める。その後、二十五年に父の顧客であった三代目三遊亭金馬師匠に引き取られる。翌年に二代目「竿辰」に弟子入り、三十一年に独立し「竹の子」を名乗る。四十九年に四代目竿忠を襲名、現在までに最高級の作品を世に出し続ける。

◎経歴

平成八年  黄綬紋章を受賞

平成十年  東京都伝統工芸氏に認定

平成十一年 荒川区指定無形文化財保持者に認定

今年      東京MXテレビ「一流魂」第一回に出演

◎インタビュー内容まとめ

質問:回答 (箇条書きで直しております。)

生産地が何故内陸部にもあるか?: 
栃木や埼玉にも竿師がいるため。
現在の竿と比べて江戸和竿のいいところとは?: 
自然の素材でつくっており、竹には縦の筋があるのでしなり具合がよい。
竹は何処のものを使っているか?:
竹は350種類ぐらいあり、竿で使うのは10種類ぐらいである。昔は東京都にも竹はあった。特に地名などに『竹』、『笹』など付いているところにはいい竹林があった。しかし、近年竹の需要も減ったこともあり、それは減少するばかりでいい竹は手に入れることが出来ない。よって今では九州の青島などに行かなければならない。しかし、そこには関西と関東の言葉の違い(関東:布袋竹=関西:五三竹など)があるため難しいところもある。
跡継ぎについては?:
いない。(また、貰った資料によると中根さんは苦労して職人になっても食べていけない事がわかっているので弟子を取らないのだそう。つまりは竿忠は四代目で終わりにするそうだ。)
現在の竿師の人数は?:
(パンフレットに書いてあるのが全てで)今は減ったから16人ぐらい。一番新しいのは栃木のみつ治さん。(組合員=竿師。ちなみに中根さんが理事長)
普及活動はされていますか?:
している。昔は国の補助金もでていたが、今はない。主な内容としては、様々な展示会(デパート、国や東京都、荒川区、さらには国際的なものまで)に作品を展示する事。
作っていて大変な事は?:
材料を探す事。
やりがいは?:
これに書いてあるよ。(というわけで、あとのセンテンスを参照。)
竿の値段は?:
だいたい三万円。(その後数百万のものもあることが判明。)
和竿の中でルアー竿が出てきた経緯は?:
明治五年ぐらいにイギリスのハーデー社が釣竿を作っていた。しかし、竹は東洋だけのものだったのでそれは柔らかい木で作られていた。そこで東洋進出とともにラオスやカンボジアからバンブー(つまりは竹)を取り寄せて、その皮を張り合わせて六角竿というものを作った。そうしたところ竹の素材が釣竿にあっていたので作るようになった。それがルアー竿の始まりとなる。
―つまり、それと昔ながらの竿がまとめて和竿になった?:
和竿という名前は、江戸のころからあった丸い竿と六角竿を区別するためにつけられた。しかし、今となってはグラスファイバー製の竿が主流になってきたため、ルアー竿もまとめて竹竿の事を和竿というようになった。
*江戸和竿のこと・・・
和竿というのは各地にある。例えば紀州のへら竿や庄内の庄内竿など。しかし、どの竿も特定の種類しか作っておらず、様々な竿を作っているのは江戸和竿だけ。それには江戸前と呼ばれたように、江戸に様々な魚がいたからである。しかし、護岸工事などにより餌をもたらす“なぎさ”などがなくなり、放流など努力はするもむなしく魚の種類が減る一方なので、それに伴い竿の種類でもなくなったものもある。
何処から買いに来るか?:
現在は外国人も多い。外国からみた和竿とは江戸和竿のこと。海外の新聞で取り上げられたり、菅総理は機密費でとある国の大使(?詳細不明)に江戸和竿をプレゼントしている
フライフィッシングって?:
糸を長くして、“かばり”という疑似餌をつけて釣るつり方。
後継者についての不安などはあるか?:
自分は良いものさえ残っていけば、日本の伝統技術は残っていくと考えているから心配ない。
*その他もろもろ・・・
今一番若い竿師は千葉県の竿中さん。しかしその人でも50歳。
物干し竿の竿は竹であったことに由来する。

(資料より引用)―――――――

◎江戸の芸術を受け継ぐ~和竿職人 中根喜三郎さん~

「正確」で「繊細」な作品。中根さんの作った和竿を拝見したときに、この二つの熟語が私の頭の中に飛び込んできた。最新式の機械が作ったように正確であるが、人の心をいやすような温かさを感じさせる繊細さをあわせ持つ和竿なのだ。
「正確さ」と「繊細さ」という言葉は、「機械」と「人の心」のように対になるような感じがする言葉どうしである。この相対する二つの言葉が一緒になって、なぜ、中根さんの作品から伝わってきたのか。その答えは、インタビュー取材を始めてすぐにわかった。
中根さんの作った和竿を求めてお店を訪ねるお客さんは、後を絶たない。
しかし、中根さんは、その場で和竿を売買することは決してないというのである。
「わたしの店にお客さんが来ても、すぐには、和竿は買えないよ。」
と、中根さんは切り出し、職人としてのこだわりを話してくれた。
「わたしの仕事は、そのお客さんと話すことから始まるんだ。お客さんと何度も話をして、その人のくせや性格をつかむ。そして、その人に合った和竿を作る。世界でただ一つ、その人のための竿を作り出すんだ。だから、時間もかかる。そんなに簡単な仕事じゃないんだよ。」
中根さんの言葉には、いっさい飾りがない。だからこそ、本物のすごさが、その言葉に宿っている。
お客さんの心をつかむ繊細さと、それを世界でただ一つの形に表現する正確さの両方が、和竿作りには不可欠であったのだ。
また、和竿の材料である竹も、自然の中に育まれる命である。この竹選びにも中野さんのこだわりがある。人と同じように、竹も一本ごとに全く違う。作ろうとする竿によって、多くの竹からふさわしいものを選び出さなくてはならない。人と接するように、中根さんは、竹一本一本を選ぶことにも繊細さを発揮する。
さらに、人の心をつかむ繊細をよく表した興味深いエピソードがある。中根さんが小学生のころの事だ。中根さんは、近所でも評判のわんぱくで、クラスでも人気者だった。そんな中根さんを慕って、多くの友達が集まってきた。ある日、ボール投げをして遊んでいた時、友達の一人が投げたボールが近所の家のガラス窓を割ってしまった。家の人に怒られると思ったその友達は、うずくまってしまった。それを見た中根さんは、怒られることを覚悟で、自分がやったと名乗りでた。普段は厳しい父親が、この時は、「正直ではないが、大将だと」と言って、中根さんの仲間思いなことをとてもほめたという。
世界的に有名な音楽家が、その著書の中で次のような言葉を書いている。『技術の上手下手ではない、その心が人の心をうつのだ』中根さんは、竿づくりの技術をどんなに高めても、それにおごることなく、常に心を大切にしているように思える。お客さんの心、竹の心、そして、職人としての自分の心。
これからも、中根さんは、人の心を芸術的な和竿に込めて、人々から愛される世界でただ一つの作品を作り続ける。